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考えるタネと物のミカタ

大事な自分の道具。自分を表現する身の回りと考え方を磨こう。

人生のデトックス

 私は根っから整理整頓が苦手であるから、人との関わりにも疲れてくる事もあるし、身の回りに物が増えてきて、すべて一回洗い流したい気持ちになる時がよくある。人生の垢というか、消化不良は誰にもある。でも忙しい毎日に追われていると、溜まっていく垢は見てみないふりをして、気が付くと考えることも面倒くさい程に積み上がっている。面白いもので、人生というものも上手くできていて、数年に何回か仕事もプライベートな予定も入らず、且つ部屋を掃除しようとか、持ち物を整理しようとか、身の回りを整頓したい気持ちが盛り上がるタイミングがある。本当は、いつもの生活の中に人生を散らかさないような仕組みが出来てしまえば良いのだが、これが中々難しい。

 

人生のデトックス

 今、私には数年に数回ある絶妙なタイミングが到来している。これを機に、人生が散らかない仕組みを作っておきたいと思うので、その考察と結論を書き留めておこうと思う。

 

昔の友だち

 人生誰しも付き合い方の深い浅いの違いこそあれ、多くの知り合いがいる。携帯の中の連絡先を見ると、1回だけの付き合いの人もいれば、数ヶ月1度顔を合わすだけだが長い付き合いの人もいるが、連絡先リストに並んでいる。

人生にはそれぞれのステージで付き合う人が大きく変わる。学校生活、大学生活、前の会社の仲間、地元の青年団体の仲間、会社の仲間。まず、昔の仲間で今つきあっていない人は同窓会等のきっかけがなければあうこともない。FaceBookを見てみれば、誰か一人当時の仲間を知っていれば、「共通の知り合い」で多く見つけることができる。だから、昔の仲間で今も連絡をとっていない人は、携帯のリストから消してしまう

 

書籍類

 とにかく買ったけど家の本棚、酷い時には買ってきたときレジで入れてもらったビニール袋にはいったまま、リビングの片隅においてあったりする本がある。私の場合本屋がとにかく大好きで、立ち寄ってはこれは運命的な出会いだ、と思ってしまってついつい購入してしまうのだ。整理整頓するには2段階。1つめは、持っている本を把握すること。最近では蔵書アプリもあって、楽しく管理できる。把握したら、「今すぐにでも読みたい本」以外は綺麗サッパリ処分する。そういう本は今の自分には必要ないのだから、なくなっても困らないはず。

 

庭の雑草

 雑草が所狭しとその下にある地面を覆っている。雑草っていうのは英語でなんいていうのだろうか、とふと思ったりもする。つまり「雑」とはいったいどういうことかと。「偶然ではなく必然」という言葉があるように、雑草と言われている植物も意味があってそこに生えているのだと思うからだ。人に生える「ムダ毛」と呼ばれるものは時として「脱毛」されてしまう。これはあまりにも生物的に人工的だ。人が髪の毛やヒゲを手入れするように、雑草も生えてきたら、刈ればいい。そのぐらいの気持ちで庭の草達と接していきたいと思う。絶対に根こそぎして、芝生で一面にしてみたいとか、雑草を生えてこないように砂利を敷いてみたりする必要はない。生えてきたら刈る。自然に生きる仲間たちを増やそう。

 

自分の机の周り

 開いている書類は閉じる。雑然と積み重なっている書類で、1ヶ月間見ていないものは処分する。おそらく今後も見ることはないだろう。引出しの中に手を出すまえに、まずは机の上。もっとも目について、効果が一目でわかるところから片付けるのがいい。それができたら、机の下、引出しの中と順に進めていく。昔の写真とか思い出の品がでてくるとおもうが、思い出に浸っているから先に進めない、という気持ちで綺麗さっぱり捨ててしまおう。これができて、新しい自分に生まれ変われるのだと暗示をかけて。

 

かばんの中

 心配性の人はかばんの中が汚い。もし◯◯がおきたら、とかこれあったら便利なんだよ、とか思ってしまう人は何でもかばんに入れ込んでしまうので、必然的にかばんの仲が汚い。雑然としている。私の場合もそうだった。携帯品と運ぶ物を分けて考えるべきだ。携帯品は極端な話だが、これから外出をして遭難したときに必要な最小限のものでいいと思う。私の場合、携帯品は手帳とペンと携帯電話。運ぶ物はノートパソコンや書類。運ぶ物が携帯品化してきてかばんの中が雑然としてくるので、そのときもう一度リセットしよう。

 

一連のデトックスの中で手を付けるべきはいつも目にするところを再優先に考えてやりましょう。目につかない引出しや押し入れや倉庫の中が雑然としていても、まず目につく表面が変わるだけで気分もすっきりとしてきますから、是非試して頂きたい。